その122 図書館にて。

長崎県諫早市立図書館を訪ねると、奥には「郷土の作家」として野呂邦暢のコーナーがあった。僕が手に取った『愛についてのデッサン 佐古啓介の旅』(みすず書房)には佐藤正午の解説が収められていて、少し意外に感じた。佐藤さんは同じ長崎の佐世保出身だか…

その115 私たちは孤独から逃れられない

きみは誤解している (小学館文庫)作者: 佐藤正午出版社/メーカー: 小学館発売日: 2012/03/06メディア: 文庫この商品を含むブログを見る 夫婦で小さな寿司屋をやっている「おれ」の趣味は競輪だ。のれんを分けてもらった「おれ」の社長は「ギャンブルは人生を…

その113 敗れさる快感。

小説には良し悪しとは別に、好き嫌いがある。 本屋さんに行けば、熱心な書店員さんは、たくさんのPOPをつけている。本を読むには時間もお金もかかるのに、自腹を切ってお客さんのために尽くそうという姿勢は、本当に頭が下がった。 それで推薦の言葉を興…

その111 金で買って何が悪い……のか?

なぜ金で票を買ってはいけないのだろうか。 もちろん中学の教科書に載っているような反論は簡単にできるだろう。民主主義は市民一人ひとりの良心的な判断によって成り立っている。選挙における買収行為はその判断を歪めてしまう——でも、ちかごろ話題になった…

その108 新年の目標。

暇なときにていねいな人づき合いや仕事ができるのは当たり前で、忙しくなったときにこそ、その人の真価が試されるってもんよ。大人なんだからあわてず騒がず、悠々やりたいもんだねえ。とつねづね言っていた同じ口が「すみません、今テンパっていまして……」…

その105 如何なる星の下に。

文句を言いやすい相手、というのは存在する。 会社では取引先に無理を言われ、上司に無茶なノルマを課され、家に帰れば近所の迷惑に巻き込まれ、パートナーに愚痴られ……それでも言い返せない、優しいあるいは勇気のない人間のはけ口は、多くの場合「大きなも…

その102 人生のコンパス。

ノアの羅針盤作者: アンタイラー,中野恵津子出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2011/08/12メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 22回この商品を含むブログ (17件) を見る もしあなたが働き続けて、60歳でその仕事を失ったら、どうするだろうか。活発な…

その100 原点に返る。

夏目漱石というと活動的な『坊っちゃん』や飄々とした『吾輩は猫である』から、親しみやすい印象を抱くだろう。実際、小説家として成功してからの漱石のもとには多くの弟子が集まった。だが若いころの漱石は、頭脳があまりに明晰なために気難しいところがあ…

その98 犯罪について語ること

犯罪作者: フェルディナント・フォン・シーラッハ,酒寄進一出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2011/06/11メディア: 単行本購入: 10人 クリック: 112回この商品を含むブログ (106件) を見る ドイツ人の弁護士が11件の犯罪について小説に仕立てた短編集で…

その96 有名人の死。 

有名人の死というものを、どう扱っていいのかわからない。 家族や親友のように身近な人のことなら、その死で自分の負った痛みを綴ればいい。ちょっとでも面識があるなら、その出会いを担保に何かを語ることができるだろう。 だが、テレビ新聞を通して、せい…

その94 戦うこと。

音もなく少女は (文春文庫)作者: ボストンテラン,Boston Teran,田口俊樹出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2010/08/04メディア: 文庫購入: 5人 クリック: 49回この商品を含むブログ (59件) を見る ニューヨークの貧しい家庭に生まれた女の子は聾だった。父の…

その92 新宿がフクシマになる日。

新卒採用の面接官をしていたら、学生から質問された。 「大震災の影響で、小説は変わると思いますか?」 いい質問ではあるけれど、採用試験という限られた時間で、しかも上司の目がある公的な場で答えるのは難しい。「新聞やテレビが騒ぐほど、物語は変わる…

その89 探偵の仕事。

仕事は人を悩ませるものだ。 職業は人生に意味を与える。だから手がけた仕事が順調なら、天下取ったように思い込むし、うまくいかないと、存在まで否定されたような気がする。 うまくいかなくて落ち込むのは、うまくいった状態を理想としているからだ。だが…

その87 本を読むことは正しいのか?

二人の高校教師がはじめた「朝の読書」という運動が広がりを見せている。その名の通り、学校で毎朝決まった時間に本を読ませる試みで、慢性的な売上低迷に悩む出版業界として得るものはあっても失うものは何もないから、全面的に後押ししている。 素朴な疑問…

その85 さんま言うところの「ほんまでっか」な本。

人にものを薦めるのはむずかしい。 自分がいいものだと思って、相手にもいいものだと思ってもらえるのなら、話は簡単だ。自信を持って薦めればいい。また自分がよくないものだと思って、相手にもよくないものだと思われそうなら、そんなもの薦めてはいけない…

その83 勝手に新人研修。

新入社員は予定通りやってきたのだが、今年は張り合いがない。 どの会社も同じと思うけど、研修が行われる。部署ごとに、仕事の内容をレクチャーしたり、職場に椅子を置いて雑用を体験してもらったりする。 入社した翌年から5年連続で営業の研修を担当した…

その81 戸塚ヨットスクールが、まだ続いている。

あの戸塚ヨットスクールが、まだ続いている。 30年前の事件をリアルタイムで知るわけではないが、それでも「戸塚校長=体罰=暴力=悪」という図式は刻み込まれている。戸塚校長はじめ関係者は逮捕され、とっくにスクールは潰れたと思っていた。 東海テレビ…

その79 もう選挙なんてやめてしまえばいい。

もう選挙なんてやめてしまえばいいのにと思った。 ありがたいことに、日本ではすべての成人に選挙権が与えられる。江戸時代までは庶民に選挙という概念すらなかったのだし、近代に入っても納税額や性別によって投票が制限されていた。先人の努力に加えて、敗…

その77 旧正月お祝い申し上げます。

まもなく旧正月だ。 年末年始はにぎやかで独り身には寂しい日本を逃げ出すように雲南をふらついていたけど、そんな中国の正月である春節の騒がしさは日本の比ではないという。なにしろ700億近くかけて建てた新築ビルに打ち上げ花火をぶち込んで、華々しく…

その75 町工場はなぜ失われたか?

大森界隈職人往来 (岩波現代文庫―社会)作者: 小関智弘出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2002/08/20メディア: 文庫 クリック: 3回この商品を含むブログ (1件) を見る 「まちこうば」という言葉の響きに、甘い郷愁を催す人も多いのではないだろうか? 思い出…

その73 そろそろ今年をふり返る。

苦くて飲めなかったビールを仕事終わりに待ち焦がれたり、昔は聴かなかったクラシックのコンサートに出かけたりするように、それまで読まなかった、読めなかったジャンルの本を楽しむようになる、ことがある。 僕にとって今年は、海外ミステリの世界へ踏み出…

その71 我々はなぜ話しあうのか。

過去を率直に振り返り、悲劇を繰り返さぬよう学びあう−−誰も反対できない正論だ。しかし先の戦争に限っても、日本とアメリカが、日本と中国が、日本と南北朝鮮が、戦争がなぜ回避できず、どうして早く終えられなかったのか、クリアに話し合い、意見の一致を…

その69 山登りに必要なもの。

このごろ、山登りに凝っている。丹沢の塔之岳山頂から遠く富士を望む眺望を写メールしたら、さっそく友人から返事が届いた。 「最近はやりの『山ガール』目当てに登山するとはなんたる軽薄!」 蒙を啓くとはこのことだ。実際、山道を歩いてみれば、圧倒的に…

その66 つまらない戦争の話。

戦争を描いた小説が苦手だ。 生と死が隣り合わせであることを身近に感じさせてくれる戦争、その最中にあっては無数の出会いと別れが生まれ、鮮烈な愛や憎しみと悲しみがやりとりされ、人生は実にドラマチックである。淡々とした日常を生きる僕らは劇的な物語…

その64 サンフランシスコで会った二人。(前編)

1906年の大地震で崩壊したサンフランシスコ市が、復興のシンボルとして1915年に建設したシティーホール。1989年再度の大地震を経験したのち改修工事がなされ、ボザール様式の白亜で荘厳な姿は、アメリカ建築有数の美しさと讃えられる。 例によって海外のひと…

その62 身近に潜む狂気をあぶりだした本。

起床とともに布団を房の中心に縦にして積み上げ、そこの周りをぐるぐるぐるぐる回り始めた。番号を呼ばれるときだけサッと正座し、またすぐ立ち上がりぐるぐる布団の周りを回る。 毎日たくさんの本が生まれているけど、「発狂した私」を描いたものは珍しい。…

その60 悩みを分かちあう本。

夏といえば、旅のシーズンである。旅行代理店のコピーに従えば。 そんな僕だって、性懲りもなく航空券の予約を入れていたりするのだが、旅に出ることで賢くなるのか問われれば、残念ながら首を横に振らざるを得ないだろう。本を読んだからといって人格が完成…

その58 僕らの夏の宿題。

開高健は作家生活の長いわりに小説が少ない。大阪大学では文芸部に籍を置き短編に取り組んでいたというし、デビュー作となった『裸の王様』の出版は開高28歳のことだが、58歳で亡くなるまでの30年間に書かれた氏の小説を、いくつ挙げることができるだ…

その56 なかなか読み終わらない本。

なかなか読み終わらない本というのがある。 僕の頭が悪いか書き手の頭が悪いために、さっと読んでしまいたいのだけど読み切れないものもあるが、逆に一息で読んでしまってはもったいない、時間をかけてゆっくり味わいたい、そんな本もある。天国は水割りの味…

その53 旅するための地図になる本。

文学部に籍を置きながら、「批評」の授業が苦手だった。はっきり言えば僕の頭が悪い(痛いほど自覚しています)だけだし、複雑な世の中のしくみをそう簡単に説明できるものではない、というのは分かっているけど、それにしても流通している文章に目を通すと…