その56 なかなか読み終わらない本。

 かなか読み終わらない本というのがある。
 僕の頭が悪いか書き手の頭が悪いために、さっと読んでしまいたいのだけど読み切れないものもあるが、逆に一息で読んでしまってはもったいない、時間をかけてゆっくり味わいたい、そんな本もある。

天国は水割りの味がする~東京スナック魅酒乱~ (読んどこ! books)

天国は水割りの味がする~東京スナック魅酒乱~ (読んどこ! books)

 スナック―――すでに人生のかなりの時間、アルコールの海に溺れてきた僕にとっても、知らない世界である。ただ三十近くなって、チェーン店で学生や若者がわいわいやっている脇で声を張り上げるのは辛くなってきたし、そもそも友人たちが続々と結婚して飲み会を開くのも面倒になってきた。かといって仕事でゴチャゴチャになった頭をそのままアパートに持ち帰るのも嫌だ。
 すると、一人でふらっと寄れて、適度に酔わせてくれて、馬鹿話をして、好きな曲を歌って帰る、そんな店がほしくなるお年頃なのだ。

中野から浅草に引っ越してまだ半年、営業から編集へは移ったばかり、身辺多忙というほどではないのだけど、何となくグズグズしているばかりで、夜の居場所を見つけられずにいる。
 だから、自分で作ったウィスキーや焼酎の水割りをチビリチビリやりながら、なじみの店を訪ねるような感覚でページをめくるのだ。

 チェーン店ではないから、マスターやママさんは、誰にやれと命じられたわけでもない。いい場所があったから、とか成り行きで、とか先代に譲られて、とか成り立ちはけっこう適当である。営業形態もパートナーや家族の都合でころころ変わっていく。ただ変わらないのはお客さんの信頼が厚いこと。生身の人と常に接していれば、長い人生や毎日の生活の凸凹も、ある程度飲み込んでしまうものなのだ。長年、客商売をやっている人の言葉は、偉そうな評論家のそれより響く。

ファンが多かったらもっと繁盛してます(笑)! だから、なんとなく続いてるってかんじですよ。でもわたしはそれが大事だと思ってるの。そんなに忙しくなくても続くってことがね。だれも来ないときもありますもん。でも、それでいいと思ってるの。そういうときがないと、こっちはからだ休まらないもん。そういうふうに考えるようにしてるの。(ゆしま)

 いま、社内浪人状態の僕には、実に沁みる言葉です。(藪)