2010-01-01から1年間の記事一覧

その73 そろそろ今年をふり返る。

苦くて飲めなかったビールを仕事終わりに待ち焦がれたり、昔は聴かなかったクラシックのコンサートに出かけたりするように、それまで読まなかった、読めなかったジャンルの本を楽しむようになる、ことがある。 僕にとって今年は、海外ミステリの世界へ踏み出…

その72 あぶない小説。

取り扱っている題材や事件とは別のところで、小説には危険なものとそうでないものがあるように思う。実生活への影響力が強いものと、弱いものがあるという意味だ。たとえば時代小説で人が何人斬られようとも街で帯刀している人物にあうことはほとんどないか…

その71 我々はなぜ話しあうのか。

過去を率直に振り返り、悲劇を繰り返さぬよう学びあう−−誰も反対できない正論だ。しかし先の戦争に限っても、日本とアメリカが、日本と中国が、日本と南北朝鮮が、戦争がなぜ回避できず、どうして早く終えられなかったのか、クリアに話し合い、意見の一致を…

その70 妖精になってしまったあなたへ。

会いたかった人でも、思いがけない形で会ってしまうと、その人と別れたあとで心の距離だけ残ってしまうことがある。何の卵か知りもしないでキャビアを食ってしまったような、ありがたさが遠い感じ。まちがいなく舌はキャビアとの邂逅を果たしたはずなのに、…

その69 山登りに必要なもの。

このごろ、山登りに凝っている。丹沢の塔之岳山頂から遠く富士を望む眺望を写メールしたら、さっそく友人から返事が届いた。 「最近はやりの『山ガール』目当てに登山するとはなんたる軽薄!」 蒙を啓くとはこのことだ。実際、山道を歩いてみれば、圧倒的に…

その68 幻と出会う一冊。 

願いごとを聞き届けてくれる妖精は、どんな子どもにもいるものだ。しかしながら、自分でした願いを思い起こすことのできる人は、ごくわずかしかいない。だからまた、のちに自分の人生を振り返って願い事の成就をそれと認められる人もまれなのだ。 ――ヴァルタ…

その67 ひさしぶりとさよならのあいだで。 

いま、こうしてわたしの生活が西瓜糖の世界で過ぎてゆくように、かつても人々は西瓜糖の世界でいろいろなことをしたのだった。あなたにそのことを話してあげよう。わたしはここにいて、あなたは遠くにいるのだから。 あなたがどこにいるとしても、わたしたち…

その66 つまらない戦争の話。

戦争を描いた小説が苦手だ。 生と死が隣り合わせであることを身近に感じさせてくれる戦争、その最中にあっては無数の出会いと別れが生まれ、鮮烈な愛や憎しみと悲しみがやりとりされ、人生は実にドラマチックである。淡々とした日常を生きる僕らは劇的な物語…

その65 新しいマッチョのために。

18歳で実家を出てから、29歳になるまでのおよそ10年間、意識して男性優位主義を批判する思想を自己にインストールすることを課してきた私が最近感じるのは、もうこれ以上マッチョを批判する必要はないのではないか、という事である。国家を憂い、国のために…

その64 サンフランシスコで会った二人。(前編)

1906年の大地震で崩壊したサンフランシスコ市が、復興のシンボルとして1915年に建設したシティーホール。1989年再度の大地震を経験したのち改修工事がなされ、ボザール様式の白亜で荘厳な姿は、アメリカ建築有数の美しさと讃えられる。 例によって海外のひと…

その63 もういちど、宇宙へ。

『宇宙飛行士オモン・ラー』(群像社)、どうだろうか。もうタイトルと出版社名だけで何となくひっかかってこないだろうか。この本は今年の6月末に出たばかりだ。読売新聞の読書欄「本のよみうり堂」にも書評が出ていたから、まだ本の題名に記憶がある人も…

その62 身近に潜む狂気をあぶりだした本。

起床とともに布団を房の中心に縦にして積み上げ、そこの周りをぐるぐるぐるぐる回り始めた。番号を呼ばれるときだけサッと正座し、またすぐ立ち上がりぐるぐる布団の周りを回る。 毎日たくさんの本が生まれているけど、「発狂した私」を描いたものは珍しい。…

その61 期待しない世代の常備薬。

円高が進んでいる、というニュースを最近よく目にする。だからなのか、近所の八百屋のグレープフルーツがとても安い。これはありがたいことなのだが、この円高って何が原因で、長い目でみて、あるいは大きな視点からみて何を意味するのかちょっと心配ではあ…

その60 悩みを分かちあう本。

夏といえば、旅のシーズンである。旅行代理店のコピーに従えば。 そんな僕だって、性懲りもなく航空券の予約を入れていたりするのだが、旅に出ることで賢くなるのか問われれば、残念ながら首を横に振らざるを得ないだろう。本を読んだからといって人格が完成…

その59 暑いので、字のつまった本は読みたくない人へ。

昨日から今日、里帰りしていた嫁はんと息子を迎えに九州へ行ってきた。福岡で母の家に泊まったら、蝉の絶叫で目がさめた。 福岡も暑い。東京も暑い。でもその暑さには、明確なちがいがある事が分かった。福岡の暑さは入道雲の暑さだが、東京の暑さは室外機の…

その58 僕らの夏の宿題。

開高健は作家生活の長いわりに小説が少ない。大阪大学では文芸部に籍を置き短編に取り組んでいたというし、デビュー作となった『裸の王様』の出版は開高28歳のことだが、58歳で亡くなるまでの30年間に書かれた氏の小説を、いくつ挙げることができるだ…

その57 日本らしさについて考えたい時に読む本。

先日ここで取り上げた、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』という本を読んでから「自分の物語」について考えるようになった。功利主義や自由至上主義は「正義」とはなりえず(なぜ、そうなのか伝えるには長くて難しい説明が必要なので…

その56 なかなか読み終わらない本。

なかなか読み終わらない本というのがある。 僕の頭が悪いか書き手の頭が悪いために、さっと読んでしまいたいのだけど読み切れないものもあるが、逆に一息で読んでしまってはもったいない、時間をかけてゆっくり味わいたい、そんな本もある。天国は水割りの味…

その55 全世界に裏切られた気分のこんな日は。

嫌なことがあると聴く音楽がある。自分の力ではどうにもできないことに翻弄された日のわたし、乾燥機の中の洗濯物のきぶん。生暖かな風にぶわぶわ吹かれながら同じ場所を回り続ける。熱くて苦しくて頭がくらくらする。なにかを考えるのも嫌なくらいに疲れき…

その54 流行にちょっと待ったコールをかける一冊。

もう、アレである。電子書籍。2010年現在、ここ日本で電子書籍は別に流行っていないと思うのだが、私の周りでは、電子書籍について語ることは流行りまくっている。木梨憲武が真似するMr.マリック風にいえば「来てます、来てます、来まくりやがってます!」と…

その53 旅するための地図になる本。

文学部に籍を置きながら、「批評」の授業が苦手だった。はっきり言えば僕の頭が悪い(痛いほど自覚しています)だけだし、複雑な世の中のしくみをそう簡単に説明できるものではない、というのは分かっているけど、それにしても流通している文章に目を通すと…

その52 みんなで文学を。

本の業界にいる人以外には、あまり知られていない気がするのだが、今年2010年は、国民読書年であるらしい。仕事で得意先の販売会社を訪問すると、食堂の柱にポスターがでんと貼られていたりする。そのポスターを見ていて、私は複雑な思いにとらわれた。なぜ…

その51 異動の季節に思うこと。

入社7年目にしてはじめて異動の声がかかり、これまでの自分を振り返ってみると、営業にはまったく向いてなかったと思う。考えたことを取りあえずやってみる行動力や、ライバルより一歩前に出る積極性、相手と深い付き合いをして味方に取り込んでしまう社交…

その50 明日は祖母の誕生日。

さかのぼること昨年11月。エントリ「その33」の最後で薮さんが「ヤトミックカフェ」のマスターとの往復書簡なるものにリンクを貼っていた。面白そうなのでちょっと読んでみたら、そのなかに心衝かれる文章があったので抜き書きしてみる。 本を読んで「著者…

その49 結婚する、あるいはしない僕らが読んでおきたい本、再び。

結婚して、子供がうまれると「幸せいっぱい」なのだと、みんなが言う。それ自体、否定しようのない事実だろうし、もしうっかり部分的にでも否定しようものなら「幸せいっぱい」でない人々たちからの呪詛をザブザブ浴びて、炎上させられるに違いない。だから…

その48 頭に血が上ったときに読んでみた本。

生臭い話をします。 鳩山首相の支持率が、面白いくらい落ちている。選挙で盛り上がったのはひとつ前の夏のことなのに、遠い昔のようだ。トップを信頼し続けることができない、というのが鳩山さんの人間性に起因するならすぐ辞めてもらうだけなのだけど、僕ら…

その47 完璧なものから離れたい時に読む本。

先日歯医者で治療を待っていたら、ラジオにのってうっすらとベン・フォールズの歌が流れてきた。その歯科医院は、隙のない最新の設備がそろっているのに、新しい歯医者にありがちなハワイアンやボサノヴァ系の有線ではなく、いつもJ-WAVEがかかっているので…

その46 たまにはマクラなしで紹介したい本もある。

橋作者: 橋本治出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2010/01/28メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 32回この商品を含むブログ (15件) を見る 奇妙な小説である。3年ほど前に起きた秋田の連続児童殺害と渋谷のエリートバラバラ殺人、有名な二つの事件を扱っ…

その45 恋人ができても、子供ができても捨てない本。

働く女性にとって結婚し、子育てをすることは重大な決断に違いないけれど、文化系男子にとってもその決断は容易ならざるものがある。体育会系パパはなんだか頼もしいが、文化系パパというのはこの世に必要とされていない気がする。そのときかれは、文化を捨…

その44 サクラマウ季節に読みたい本。

今年の受験シーズンももうすぐ終わりのようだ。自分が受験生の頃は戦場にいるような思いをしていたし、子供が受験となれば金銭的な負担から気遣いまで大変だろうけど、ちょうど狭間にいる身にとっては物見遊山である。家族、仕事、宗教、相方などあればあっ…