その98 犯罪について語ること

犯罪

犯罪

 イツ人の弁護士が11件の犯罪について小説に仕立てた短編集である。すでに欧米ではベストセラーになっているそうで、6月に翻訳が刊行されたわが国でもさまざまな書評で取り上げられ、静かに版を重ねている。
 事件の輪郭をなぞるだけで、丹念な心理描写があるわけではない。一編は短く、読み通すのに時間はかからないだろう。だから「あれ、これで終わり?」と思うのだが、しばらく経つとこの本のことが気になってしまうのだ。
 他の人はどう感じているのだろう、と安易ながらネットのレビューを検索してみた。多くが次のようなパターンでこの本を紹介し、絶賛していた。

(1) 短編のうちいくつかの内容を紹介する。
 (どの物語も起伏がはっきりしているので要約はたやすい)
(2) 形について語る。
 例「文章はシンプルだ」「物語は端正である」
(3) 読後感について語る。
 例「だが、奇妙な余韻が残る」「とても興味深い話だ」
(4) 人間や世界について語る。
 例「人は罪を犯す悲しい存在だ」「世界はなんと矛盾に満ちていよう」 

 確かにその通りなのだが、なぜ、みんながみんな似たような紹介方法になるのだろう。そして同じような結論に達するのだろう。これこそミステリーである。
 シンプルな物語がお望みなら新聞記事でも読めばいいし、不思議な物語も余韻が残る物語も人生の哀歓を描いた物語も他にもたくさんあるではないか。他の作品とこの作品を隔てるものが、何かあるはずなのだ。多くの人がそれを気づかない。「奇妙」「不条理」などのざっくりした言葉で見逃している。だが、自分の性格がひねくれているだけかもしれないが、どうにも臭うのだ。
 困ったときは少し引いて物事を見てみるべきだ。すると、この本を通して出てくるのは、語り手の「弁護士」である。どうも罪を犯した者を肯定する彼の立場で犯罪を語られることに、僕たちは喜びを感じるのではないかと推理するのだが……
 謎解きはここで行き詰まった。
 あなたには何か見えるだろうか?(藪)