その105 如何なる星の下に。

 句を言いやすい相手、というのは存在する。
 会社では取引先に無理を言われ、上司に無茶なノルマを課され、家に帰れば近所の迷惑に巻き込まれ、パートナーに愚痴られ……それでも言い返せない、優しいあるいは勇気のない人間のはけ口は、多くの場合「大きなもの」に向かうようだ。
 会社が悪い。政治が悪い。男(女)が悪い。マスコミが悪い。社会が悪い。
 文句を言っても、反論の来ない相手なら、安心して攻撃できる。そのことが悪いとは思わない。聖人君子でない以上、どんな人間にも憂さ晴らしは必要だ。お父さん方がニュースを見てコメンテーターと一緒に怒るくらいで平和ならそれも良しである。
 ただ、いつも文句を言われてばかりの側に立ってみると、新たな世界が見えることもある。たとえば交通機関は、安くて、便利で、正確で、安全なのが当たり前。首都圏の人間にとってなくてはならない足の電車は、ちょっと遅れたり、乗り換えが不便なだけで、可哀想なくらい非難される。そんなあなたに、この本を薦めたい。

今だから話せる都営地下鉄の秘密

今だから話せる都営地下鉄の秘密

 都営地下鉄というのは、東京メトロ(旧・営団地下鉄)と比べて影が薄い。営業マンとして都心をくまなく回っていたころも、あまり利用した記憶がない。特にJR山手線を出た都営新宿線の岩本町(秋葉原に近い)から東、都営三田線巣鴨から北、都営浅草線の五反田から南などは、鉄道ファンの僕ですら未知なる大陸だった。
 ゆえあって都営浅草線本所吾妻橋駅近くに二年間住んだが、結果的に通勤を含めて多く利用したのは、隅田川吾妻橋を渡った先にある東京メトロ銀座線の浅草駅だった。なぜかと考えると、都営地下鉄の弱点が見えてくる。

  1. 乗り換えが不便。特にJR山手線とのアクセスが悪い。
  2. 繁華街を避けるように通っているので、沿線に用事がない。
  3. 東京メトロに乗り換えると、初乗りが加算されるので割高になる。

 結果として、沿線の住民でない限り都営地下鉄に乗る機会がなくなってしまうのだと思うのだが、この本を読むと見方が変わってくる。

 当初の計画ルートでは、大江戸線は当時混雑がひどかった国鉄線のターミナル駅との接続をあえて行わないように設定しました。そのわけは、首都機能の一極集中を避けるという東京都の都市計画局と運輸省の指導があったためです。(…)そのため、新宿線には新宿駅以外に山手、京浜東北線との接続がありませんね。

 高度成長の時代、通勤電車の混雑は今よりずっと激しく、東京、上野、池袋、新宿、渋谷、品川といった旧国鉄の主要駅は、文字通り爆発寸前だった。都心と郊外を行き来する乗客をスムーズに運ぶために、あえて乗り換えを不便にした名残が都営地下鉄の路線図に現れていたのだ。
 路線図といえば、都営三田線の青い線をたどると、終点の西高島平でぷつんと切れている。より便利にすることを考えたら、伸ばして他の路線につなげればいいのに、と思うのが自然で、実際に東武東上線と直通運転の計画があったという。ところが、東武鉄道は途中から及び腰になった。都営三田線の車両が小さいのが理由の一つ。

 もうひとつは、東武の重要なターミナルである池袋を通らないということです。東武デパートなどがある池袋を通らないで、利用客が都心に入ってきてしまうのはよくない、そんな理由があったようです。そして、だんだんといろいろな理屈をつけて、なんとか降りてしまおうといった姿勢になっていきました。

 実際この本には、都営地下鉄の秘話というより悲話がたくさん記されている。浅草〜押上間の工事で水ようかん状の土地にトンネルを造る羽目になった都営浅草線東急線への直通運転を志願しながら東京メトロに袖にされそうになった都営三田線千葉ニュータウンへ延ばす計画がありながら、パートナーの千葉県に降りられた都営新宿線オイルショックで計画に待ったがかかり、50人いた担当部署が5人にまで減らされた都営大江戸線
 都市計画の最先端にあたる地下鉄というのは、いっけん綿密な計画のもとに造られているようで、実際は時の流れにもっとも翻弄されている。都営地下鉄の苦悩は、未来は予測できないということに発しているのだろう。
 悲しい星の下に生まれた都営地下鉄4路線だが、東京の地下鉄造りが終わりを迎えた今、建設に携わった技術者は綴る。「入局当時は山手線の内側に公共交通機関が都電とバスしかなく、交通過疎地域といわれた所に、大量輸送機関である地下鉄を通すという仕事に携わることができたことは、私にとっての大きな誇り」
 タレントを使って派手な宣伝戦略を推し進める東京メトロと違い、地下鉄らしく陰で静かに東京を支えている都営地下鉄に福あれ。(藪)