その62 身近に潜む狂気をあぶりだした本。
起床とともに布団を房の中心に縦にして積み上げ、そこの周りをぐるぐるぐるぐる回り始めた。番号を呼ばれるときだけサッと正座し、またすぐ立ち上がりぐるぐる布団の周りを回る。
毎日たくさんの本が生まれているけど、「発狂した私」を描いたものは珍しい。2005年に浅草寺や法隆寺など有名寺院から続けて仏像の盗まれる事件が発生した。犯人は観音様から次のようなメッセージを受け取ったそうだ。「人の集まる高名な寺から33体の仏体を集めなさい。そうすれば悪化する苦しみから救われるだろう」
とてもじゃないが精神がまともな状態にあるとはいえない。この本は犯人がなぜ仏像に手を出したか、その結果どうなったかを記したものである。過激にいってしまえば、頭がおかしくなった人の書いた本なのだが、ものすごい吸引力があるのだ。なぜか?
- 作者: 大隈 光祐
- 出版社/メーカー: 角川学芸出版
- 発売日: 2010/07/16
- メディア: 単行本
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この本の居心地の悪さは、誰が悪いとも、何がいけないとも言えないところにあるのだと思う。物事を単純化してしまう新聞やテレビなら「犯人が悪い」で済む話でも、考えれば考えるほど深みにはまる。僕のように適当な生き方をしている人間は、心を病んだ人に対してなんとなく「ちゃんと生活して、結婚して、働けば大丈夫だよ」と思ってしまうが、彼はすべて満たしている。それどころか病弱の体をおして猛烈に働く、仕事人間である。彼は言う。「仕事はどこにいても仕事なのである。私にとっては生きる苦しみからの逃避なのである。」そんな人間を断罪できるだろうか?
純度が高いあまり、生きづらさを抱える人間に、何ができるのだろう。彼らが至ってしまった狂気を、どう扱えばいいのだろう。考えても考えても、僕にはわからない。(藪)