その107 メメント・モリとお正月。

毎年お正月になると、ああ、明けちゃったよと思う。ことに3が日がつらい。こちらは52週間分の新しい重荷が肩にのっけられたことで憂鬱な気分なのに、テレビからは洪水のようにおめでたモード全開のお笑い番組が流れてくる。笑えば笑うほど、なんとなく暗いも…

その106 やがてくる未来に出会いたい本。

いまや韓国の国民的歌手と断言して異論を唱えるひとは少ないであろう、IU(あいゆ)の第2集『Last Fantasy』が発売された。そこに収録されている活動曲「You&I」の歌詞について、今日はどうしても書いておきたい。 あなたがいる未来で もしわたしが彷徨って…

その104 心に従えない人にすすめる本。

スティーブ・ジョブズが死んで、多くの人が追悼にスタンフォード大学で彼が行った講演をブログで、ツイッターで紹介していた。その中でもひときわ多くの人が引用していたのが、最後の一節だろうと思う。 自分はいつか死ぬという意識があれば、なにかを失うと…

その103 好きな本のことを忘れてしまった日に。

ほんとうはそのことについて何ひとつ知らないのに、単語だけ知っていたために会話が成立することがある。最近○○っていう小説読んだんですよ、ああ、あの××で直木賞とったあの人の最新作ね。ところで…というふうに。会話としては特にめずらしいものではないと…

その101 破滅しないためのワクチン。

破滅する人生が美しいというのは安っぽい考えだと思う。私はパンクロックもジャズも好きだ。でもミュージシャンの破滅的な生き方に憧れるのはまちがっている気がする。酒、薬物、暴力。そういったものと縁を切って、横綱白鵬みたいに、夜寝るのが一番好きだ…

その99 面白く生き残りたい人にすすめる一冊。

ビジネス街にある書店で、ビジネス書を担当する人におすすめの一冊は、と聞いて教えてもらったのがこの本。べつにビジネス書を薦めてくださいと言ったわけではない。その人に面白い小説を教えてもらうつもりで質問したら、返ってきた答えはこの本だった。ス…

その97 悲しみよ、さようなら。

あれはいつ聞いた話だったか、ネット書店で働いている人が「ビジネス書は日曜日の午後に売れるんですよ」と言っていた。もう何かをはじめるには手遅れの時間になってから本に救いを求める気持というのはよくわかる。マルクス・アウレーリウスの『自省録』を…

その95 目を背けてきたことに向き合うための本。

読んで具合の悪くなる本というのはあまり人に薦めないほうがいいのはわかっているのだが、それでも薦めてみたい本がある。ルポライターの鎌田慧が書いた『原発列島を行く』という新書。鎌田さんが日本各地にある原発地帯の町や村を回って、地域住民と電力会…

その93 好きな本に苦しめられた時に読む本。

本の販売に携わる仕事をしていると、好きな本とつきあうのが難しい。どうしてかと言うと、好きな本が売れなかったら傷つくからだ。 最近、自分のいちばん好きな本ってどんな本だったっけ、と思って堀江敏幸氏が書いた作家ジョルジュ・ペロスについてのエッセ…

その91 テキストブック。

頭の中で何度も再生する風景、というのが誰にでもあるんじゃないかと思う。私の場合、中学3年生のとき、教室の一番後ろの窓際の席に座って、顔を左に向けて、昼休みの終わりに見ていた中庭の風景というのがそのひとつに当たる。空が曇っていて、視線を落と…

その88 ヒップホップは好きですか。

仕事でつきあいのある皆さんが薦めていたので遅ればせながら『切りとれ、あの祈る手を』を読んだ。前から関心はあったのだが、思想関係の本は読解に時間がかかるうえ、読みたい死人の名著だけでもちゃんと数えればたぶん10生分くらい残っているので脳に慢性…

その86 寝ることが恐くなくなる本。

私は向上心を抱くと寝ることが恐くなる。人との競争に勝つために寝る間を削って何かしなくてはと思って、夜更かしを正当化するようになる。私はとても寝ることが好きで、また寝ることもずば抜けて得意な方だと思うのだが、大事な何かを犠牲にしなければ何か…

その84 雑音の聞き方を学ぶ本。

アレックス・ロスの『20世紀を語る音楽』という本のなかに、作曲家マーラーの言葉が紹介されている。「コンサートホールや歌劇場の観客席にいる何千人もの人々に聞いてほしいと思うのなら、ただたくさんノイズを書くしかない」。 この言葉を目にしたとき、た…

その82 献身について。

来週で1歳2ヶ月になる息子が最初に覚えた言葉は「あんぱんまん」だった。まだうまく発声が出来ない10ヶ月の頃、バスの車内にあったアンパンマンショーの広告を無言で指さしているのを見て気づいた。 息子とアンパンマンとの出会いは、音の出る絵本『うんて…

その80 女神に惚れてもらいたい男子必読の書。

自由の女神と勝利の女神、どちらに惚れてもらいたいかで男の生き方は変わってくると思う。ふつうはどちらかに惚れてもらえばまあ満足で、自分のやりたいことをやって富も名誉も得ようとする男なんて、考えが浅いか自分に相当厳しいかのどちらかだ。しかし世…

その78 寒くて哀しい話。

高倉健は気温を下げるほどシブ味が出ておいしくいただける、と昔リリー・フランキーがコラムに書いていた。そんなことを思い出したのは、昨日までずっと、話題になっている文庫『海炭市叙景』を読んでいたからで、その解説にこういう文章があったのだ。「『…

その76 オールドファッションを愛する人に。

「愛のプレリュード」をはじめとして、カーペンターズの代表曲のいくつかを作ったポール・ウィリアムズというシンガーソングライターの「Just An Old Fashioned Love Song」というアルバムがとても気に入っている。ミスタードーナツに行くと必ずオールドファ…

その74 ややこしさから離れたいときに、読む本。

きのうNHKで再放送されていた坂本龍一の「Schola 音楽の学校」を見た。「バッハ編」と「ジャズ編」を続けて見ていて、音楽でいうコードは文学でいうと何にあたるだろうという疑問が浮んだ。 そしていま、リディア・デイヴィスという作家の書いた『話の終わり…

その72 あぶない小説。

取り扱っている題材や事件とは別のところで、小説には危険なものとそうでないものがあるように思う。実生活への影響力が強いものと、弱いものがあるという意味だ。たとえば時代小説で人が何人斬られようとも街で帯刀している人物にあうことはほとんどないか…

その70 妖精になってしまったあなたへ。

会いたかった人でも、思いがけない形で会ってしまうと、その人と別れたあとで心の距離だけ残ってしまうことがある。何の卵か知りもしないでキャビアを食ってしまったような、ありがたさが遠い感じ。まちがいなく舌はキャビアとの邂逅を果たしたはずなのに、…

その68 幻と出会う一冊。 

願いごとを聞き届けてくれる妖精は、どんな子どもにもいるものだ。しかしながら、自分でした願いを思い起こすことのできる人は、ごくわずかしかいない。だからまた、のちに自分の人生を振り返って願い事の成就をそれと認められる人もまれなのだ。 ――ヴァルタ…

その65 新しいマッチョのために。

18歳で実家を出てから、29歳になるまでのおよそ10年間、意識して男性優位主義を批判する思想を自己にインストールすることを課してきた私が最近感じるのは、もうこれ以上マッチョを批判する必要はないのではないか、という事である。国家を憂い、国のために…

その63 もういちど、宇宙へ。

『宇宙飛行士オモン・ラー』(群像社)、どうだろうか。もうタイトルと出版社名だけで何となくひっかかってこないだろうか。この本は今年の6月末に出たばかりだ。読売新聞の読書欄「本のよみうり堂」にも書評が出ていたから、まだ本の題名に記憶がある人も…

その61 期待しない世代の常備薬。

円高が進んでいる、というニュースを最近よく目にする。だからなのか、近所の八百屋のグレープフルーツがとても安い。これはありがたいことなのだが、この円高って何が原因で、長い目でみて、あるいは大きな視点からみて何を意味するのかちょっと心配ではあ…

その59 暑いので、字のつまった本は読みたくない人へ。

昨日から今日、里帰りしていた嫁はんと息子を迎えに九州へ行ってきた。福岡で母の家に泊まったら、蝉の絶叫で目がさめた。 福岡も暑い。東京も暑い。でもその暑さには、明確なちがいがある事が分かった。福岡の暑さは入道雲の暑さだが、東京の暑さは室外機の…

その57 日本らしさについて考えたい時に読む本。

先日ここで取り上げた、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』という本を読んでから「自分の物語」について考えるようになった。功利主義や自由至上主義は「正義」とはなりえず(なぜ、そうなのか伝えるには長くて難しい説明が必要なので…

その54 流行にちょっと待ったコールをかける一冊。

もう、アレである。電子書籍。2010年現在、ここ日本で電子書籍は別に流行っていないと思うのだが、私の周りでは、電子書籍について語ることは流行りまくっている。木梨憲武が真似するMr.マリック風にいえば「来てます、来てます、来まくりやがってます!」と…

その52 みんなで文学を。

本の業界にいる人以外には、あまり知られていない気がするのだが、今年2010年は、国民読書年であるらしい。仕事で得意先の販売会社を訪問すると、食堂の柱にポスターがでんと貼られていたりする。そのポスターを見ていて、私は複雑な思いにとらわれた。なぜ…

その49 結婚する、あるいはしない僕らが読んでおきたい本、再び。

結婚して、子供がうまれると「幸せいっぱい」なのだと、みんなが言う。それ自体、否定しようのない事実だろうし、もしうっかり部分的にでも否定しようものなら「幸せいっぱい」でない人々たちからの呪詛をザブザブ浴びて、炎上させられるに違いない。だから…

その47 完璧なものから離れたい時に読む本。

先日歯医者で治療を待っていたら、ラジオにのってうっすらとベン・フォールズの歌が流れてきた。その歯科医院は、隙のない最新の設備がそろっているのに、新しい歯医者にありがちなハワイアンやボサノヴァ系の有線ではなく、いつもJ-WAVEがかかっているので…