その82 献身について。

 週で1歳2ヶ月になる息子が最初に覚えた言葉は「あんぱんまん」だった。まだうまく発声が出来ない10ヶ月の頃、バスの車内にあったアンパンマンショーの広告を無言で指さしているのを見て気づいた。

 息子とアンパンマンとの出会いは、音の出る絵本『うんてんしよう! ジェイアールしこくアンパンマンれっしゃ』だった。これは予讃線を走る列車を追体験できる代物で、四国の旅気分も味わえるので気に入って、5ヶ月頃から何度も読み聞かせていた。そうしているうちに、クラシックな奴も知っておいてもらおうと思い立って、フレーベル館の1巻目も買ってきた。

あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)

あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)

 何でもそうだけれど、1巻目の絵というのは独特の緊張感とゆるさが同居していて見飽きない。アンパンマンの場合は、端的にいって顔が恐い。 冒頭のエピソードで、西の空から飛んできて飢えた旅人に自分の顔を食えというシーンの顔なんか、完全に逆光になっていて浅黒く、非常に不気味だ。また、このオリジナル版には、バタ子もチーズもバイキンマンも出てこない。あんぱんまんとジャムおじさんだけ。しかもジャムおじさんはパン焼き釜の横でパイプをふかしていたりして少々アウトロー気味である。

 最初は反応が薄かった息子も、だんだん気に入ってきたようで、読むとおとなしくしている。この本の最後のページにある「あとがき」は読み上げたりしないのだが、とても印象に残る一節だ。好きなので全文引用してみたい。

 
 あんぱんまん について
 
 
  やなせ たかし
 
 子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
 
 ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行なえませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわなければならないのです。
 
 あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
 
 さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。

 

 「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのために自分も深く傷つく」というくだりがとても印象深い。
 絵本の最後のページは「あんぱんまんは きょうも どこかの そらを とんでいます」という言葉で終わっている。本当にそうであってほしい。少なくとも、アンパンマンのことをずっと自分の心に宿しておきたい。その意味で、ほんもののアンパンマンを教えてくれた息子には感謝している。

 ところで最近、息子はメロンパンナ女史に惚れているらしく、見つけると嬉しそうに眺めている。私としては、ドキンちゃんいいじゃないかと思う。息子のほうが正しい事はわかっているのだが。(波)