その95 目を背けてきたことに向き合うための本。
読んで具合の悪くなる本というのはあまり人に薦めないほうがいいのはわかっているのだが、それでも薦めてみたい本がある。ルポライターの鎌田慧が書いた『原発列島を行く』という新書。鎌田さんが日本各地にある原発地帯の町や村を回って、地域住民と電力会社の攻防を聞き書きした本だ。
- 作者: 鎌田慧
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2001/11/16
- メディア: 新書
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原子力発電所は、放射能汚染の危険があるという点に問題がある。地震によって事故が起こってしまったいま、それ証明された事実なのだが、この本に書いてある原発の問題点は他にもある。しばしば原発は、建設された地域に健康へのリスクと引き換えに経済的利益をもたらすように印象づけられるが、この本を通して読むとそれは事実とまったく違うという例が沢山書いてある。たとえば、福島原発の建設と引き換えに建造されたものを例にあげるとこんな感じ…
町には、場ちがいな「ハコ物」が目立っていて、健康増進センター「リフレ富岡」の建設費は四一億円、このうち、東電の寄付が一四億五〇〇〇万円。大熊町の総合体育館は、建設費三七億五〇〇〇万円(東電寄付二○億円)、双葉町のステーションビルが七億五〇〇〇万円(東電七億円)と馬鹿げた浪費をつづけてきた。さらにサッカー練習場の「Jヴィレッジ」(一三○億円)、郡山市の「ふれあい科学館」(三○億円)の寄付などもある。
このほかに、あらたに計画されている第一原発7、8号炉や、広野火力の補償金などがくわわる。
「Jヴィレッジ以降だけでも、東電の寄付金は、三五三億五〇〇〇万円になります」
とは石丸さんの計算だが、これらは消費者の電力料金に上乗せされている。地域独占の悪行といっていい。
“巨大施設”をつくってもらった自治体は、自己負担の起債分と施設の維持費で、財政パンクの危機に瀕する。
このシステムは、麻薬依存と構造的に同じだと思う。膨大な資金をつぎ込んだ瞬間、地域を潤すようでいて、一度はまってしまったら施設に依存しなければ地域が立ち行かなくなっている。長期的な視野を持つひとならおかしいと気づくことだ。
なのに日本のあちこちに原発があるのはなぜか。それは「電力会社」と「建設会社」と「原子力政策をすすめる経済産業省」が自らの利益を優先するために地域の人を買収し、あるいは騙したからなのかもしれないし、その後ろには「もうすぐ自分は死ぬから楽な暮しをしたい」と思った地域住民もいたかもしれないし、「問題点を指摘して仕事を首になったり、取材先から嫌われたりするのは馬鹿げている」と思った新聞記者やTVディレクターもいたかも知れない。そして、原発の現状について無知だった私と私たちがいる。
けっきょく、問題の根源は地理的にも、時間的にも遠くにあるものを感受できなくなった私たちの意識にあると思う。鎌田さんはこの本の最後にこう書いている。
人心の汚染、それが環境汚染の前にはじまり、自治体の破壊、それが人体の破壊の前にすすめられてきた。
これだけ原子力発電所が問題になっているいま、原発について心を痛めることは恐らくたやすい。いま自分が見ようとしていない問題だってたくさんある。そのひとつひとつに一人の人間が責任を持つことなんてできないし、世の問題ひとつ解決するのにだって一生は短すぎる。対処しきれない苦しみのうち、いくつかに向き合う覚悟を持って、その他のことをなせない愚かさを引き受けて生きていくしかないんだと思う。だから原発を推進した人には、せめて地域自治体の貧困だけでも解決して欲しかった。
* * *
この本を読んで2週間くらい具合が悪かったのだが、話題の武田邦彦ブログを読んでいるうちに少し心が落ち着いてきた。
http://takedanet.com/2011/04/post_dcbe-1.html
武田氏が情熱大陸で「いかがわしさの中に真実があるんです」と語っていた姿はカッコ良かった。そのとおりだと思う。(波)