その51 異動の季節に思うこと。

 社7年目にしてはじめて異動の声がかかり、これまでの自分を振り返ってみると、営業にはまったく向いてなかったと思う。考えたことを取りあえずやってみる行動力や、ライバルより一歩前に出る積極性、相手と深い付き合いをして味方に取り込んでしまう社交性、どれも致命的に欠けている。僕が落語に通いだしたのは、自分の話のつまらなさに絶望したからだけど、面白いネタを聞いたからといって話術があがるわけでもなかった。唯一のとりえといえば人当たりのよさくらいだが、これだって父親譲りのもので僕が身につけたのではない。卑下でもなんでもなくて、いま営業の採用担当として自分を秤にかけるとしたら、クールにはじくことだろう。

 そんな僕がかろうじてやってこれたのは、仕事を教えてくださったお取引先、売り場で支えあった同業他社、要所でアドバイスしてくれた上司や先輩たちのおかげなのだけど、大きな割合を占めるのは後輩たちの存在だった。会社でも最前線の営業を担当するこの部署は新人の通り道という側面があって、6年間で7人もの新入社員が入ってきた。構造的な不景気で新卒の採用がしぼられて、何年たっても下がこないため、いつまでたっても雑用をやらされている同世代も多いと聞く。彼らからみれば僕の立場はうらやましいと思うのだけど、教えるほうからすれば毎年が必死だった。

 初めのうちは劣等感との闘いである。「後輩に抜かれたくない」という思いは、向上心に昇華すればいいのだが往々にして恐怖に落ちてしまうもので、どんどん外に出て行って人脈を作り上げる奴や笑顔だけで取引先のトップを虜にする子、頭の回転が自分の何倍も早い奴を相手にしていると、情けなくて惨めになってくる。張り合っても無駄だと悟ってからは、せめて営業の基本だけは身につけようと、人に教えを乞うたり本を読んだりして勉強した。彼らが後回しにする事務作業とかをすすんで引き受けた。結果として「人前に出るのは苦手だけど、机上の仕事は速い営業マン」という自分を作ったのはこの時だと思う。

 折り返し地点からは、後輩をどう育てるかということに頭を悩ませた。入ってくる新人だって数年のうちに異動してしまう。そんな時間制限のもと、やる気にあふれ頭のいい彼らをどう営業マンに仕立てるか。僕はカリスマでもスーパースターでもない。(上司が僕のことを「営業のエースです」なんて紹介していたけど強烈な反語法だ。)ただ、営業の仕事をわかりやすく説明することができるし、彼らに基礎的なことだけは身につけてほしい。ホームラン王や首位打者を育てるのは無理だけど、チームの平均打率をあげて監督の作戦を立てやすくするバッティングコーチのような役割に腐心してきた。

 思うに「自分の能力をいかに上げるか」にこだわるうちは社会人としてまだまだ子供で、「自分にできることをいかに伝えるか」という視点を持てるようになったとき、仕事に対する姿勢は変わったと思う。後輩に教えるためには、自分の日常業務を批評的に見て無駄や理不尽を省き、説明する時に自分が納得できるような仕事に整理しなければならない。後輩を育てるためには、自分の言ったことに行動がそむかないよう厳しく律しなければならない。教育は人のためならず、なーんて説教くさいことをいうと恥ずかしくなるのだけど、6年間で学んだ大切なことの一つです。

 ずいぶんと長いマクラで恐縮だが、この本を読んで感動するのも、著者がただ刑事生活で知った面白いことを書き連ねているからではなく、根底に「捜査のプロフェッショナルを育てて、警察組織のパフォーマンスを上げることで、人々の生活を良くしたい」という志が流れているからだろう。警視庁の捜査一課長が『捜査研究』という専門誌に「次世代の捜査官たちへ」というタイトルで連載されたものをまとめた一冊。(藪)

君は一流の刑事になれ

君は一流の刑事になれ

 与えられた事件、これを飛躍の機会とし、燃えるような情熱とあくなき執念、そして脳味噌に汗を掻くまで考え抜く探究心を持って前に進めば、必ず道は開かれます。
 「諦めたい、逃げ出したい、不安だ」という心境に追い込まれたら、この本をもう一度読んでください。
 この中に解決の方法があります。