その35 人を動かす本。
読んでいるだけで、一部の人から馬鹿にされるジャンルがある。自己啓発本だ。いわゆる本読み、小説好きであるほど、軽蔑する傾向が強い。
なぜ自己啓発本が嫌われるのか。自己啓発本の根底には「言葉で人は変わることができる」という確信がなくてはならない。というより、なければジャンルまるごと成立しない。一方で、たくさん本を読む前提にあるのは「人はそう簡単には変われない」という信念だ。本一冊読むたびに、自分の方向性を変えていたら、間違いなく内部分裂してしまうだろう。よって自己啓発本と本好きは、原理的に相容れない。
だから、僕がこの本を紹介すると、友人は「ええっ」という顔をするだろうし、数少ないファンを失うかもしれない。でも、その危険を冒して取り上げる価値がある。
- 作者: デールカーネギー,Dale Carnegie,山口博
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 1999/10/31
- メディア: 単行本
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自己啓発本の古典中の古典といわれる一冊だ。著者のデール・カーネギーは、アメリカの人間関係研究学者(という職業があるのだ!)である。
彼の主張はきわめてシンプルだ。
「仕事にせよ、家庭にせよ、人間のあらゆる活動は、人と人とのコミュニケーションから生まれる。(うんうん)相手にいろんなことをしてもらって、我々は支えられている。(たしかに)であれば、相手から気持ちよく動いてもらうために、何が必要か考えよう(そうか)」
勝間和代的な、自分の効率をとことん上げよう、正しいことをしよう、そうすれば未来は開ける、という主張とは向きが違う。どちらが役立つかは、その人の環境によるだろう。自らの能力に依存するタイプの仕事(専門的な職)は勝間流がいいだろうし、他人とのやり取りで動かすタイプの仕事(営業や小売業)はカーネギー流がふさわしい。
カーネギーは「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」をあげ、それぞれをエピソードを用いて説明する。
たとえばカーネギー違いで鉄鋼王アンドルー・カーネギーの話。
大学に入ってから連絡をよこさない息子のことで相談された彼は、手紙に返事を出させることができるか、ちょっとした賭けをした。彼はとりとめもないことを書いた手紙を出した。ただ、追伸に、ふたりに5ドルずつ送ると書き添えた。しかし、その金は同封しなかった。息子たちからは、すぐ感謝の返事が来た。「お手紙ありがとう…」→人を動かすためには、強い欲求を起させるべし。
この本に取り上げられている挿話は、基本的に「この原則に従えば、こういう得をする」というトーンでまとめられている。「学問のススメ」と同じ功利主義の臭いがちょっときついかも知れない。
でも、情報の存在価値は「困っている人を助ける。人が幸せになるのを応援する」というところにあるはずなのだ。自己啓発本に手を出す人をむやみに迫害するのはやめにしませんか? それくらいなら、素敵な本を紹介する方が、僕らの場を心地よくできると思うのです。(藪)