その130 残念という倫理を学ぶ。

 っとき海外ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」にはまってずっと見ていた。どこにはまったのかというと、四人の女主人公キャリー、ミランダ、シャーロット、サマンサが休日の朝に集まってごはんを食べながら強烈な下ネタを交えて自らの性愛体験を語る場面にである。さわやかな陽光と豪華な朝食、そしてそこにふさわしくない性愛談義。何をもって幸せとするかは各人次第だとは思うが、私はこのドラマを見てからというもの、マイ辞書で「幸せ」という項目の脳内リンク先にはキャリーたちが語らう場面が登録されている。

セックス・アンド・ザ・シティ シーズン 1 [DVD]

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 最近新しく、そんな自分の幸せリンク先に追加したい漫画を見つけた。宮原るりの『僕らはみんな河合荘』というラブコメ漫画である。ラブコメといってもラブ成分3にコメディ成分7という占有比の代物だ。高校生男子・宇佐が引っ越してきたおんぼろ下宿・河合荘には職業不明で真性マゾの男シロ、スタイル抜群のダメ男掃除機麻弓さん、超人的メイクテクを持つ小悪魔系女子の彩花、そして読書家でめんどくさい自意識を重ねたプロぼっち美少女の律が一緒に暮らしている。宇佐は高校の先輩で下宿家主の娘である律に憧れを抱き、共同生活に胸を躍らせるものの変人揃いの住人たちに恋路を邪魔されて…というのが主な筋書きである。
僕らはみんな河合荘 1 (ヤングキングコミックス)

僕らはみんな河合荘 1 (ヤングキングコミックス)

 弱気で優しい主人公が勝気な家主の娘に恋焦がれる、という設定は高橋留美子の『めぞん一刻』と同じである。『めぞん一刻』になぞらえるならば正体不明の変態男・四谷さんはシロで、セクシーで奔放な朱美さんは麻弓さん、世話焼きおばさんの一の瀬さんには管理人の住子が相当する。つまりこの漫画は『めぞん一刻』という大ネタをサンプリングし、現代風にアレンジした作品だといえると思う。
僕らはみんな河合荘 2 (ヤングキングコミックス)

僕らはみんな河合荘 2 (ヤングキングコミックス)

 この漫画の読みどころは男子高校生が抱く純粋かつ即物的な恋という白い衝動と、すでに恋に恋することを諦めざるを得なくなった大人たちが恋にまつわる幻想をぶちこわそうと放つ黒魔法のような言葉のぶつかり合いにある。具体例をあげてみよう。

シロ「よろしくルームメイト! お互い干渉せず 時々物理的に縛ってね!」
 
麻弓「くそ…… ちょっと下半身新品だからって調子に乗んなよ… あのさ… コンニャクは食い物だぞ?」
 
彩花「繊細って さやかよくわかんないけど 小枝チョコ的な?」

 宇佐と律、ふたりの青春の恋愛というボケ状態に絶えずツッコミを入れる残念な住人たちの日常を見ていると、恋に対して子供でいるのがいいのか、大人になってしまうしかないのか、その間で揺れる自分がコマのなかに見える。恋に馬鹿みたいに溺れて、その後に自分の馬鹿さに気づいて、という自分の感情サイクルとどんな風につきあったらいいのか。その悩みに対する答えはたぶん、誰かと一緒に笑うしかないのだろう。

麻弓「おめーらは あれか 夕焼け青春模様か 焼け爛れろ! まさか どっかで乳くりあってたんじゃねーだろーな 焼け爛れろ!
 
麻弓「なんだ お前ら 朝から何イチャこきやがってんだ? 朝からズボッと生テレビスッキリ!!か 俺のとく種ズームインか」

 つい恋に溺れがちな大人に、恋心の消炎剤として強くおすすめしたい作品です。(波)

僕らはみんな河合荘 3 (ヤングキングコミックス)

僕らはみんな河合荘 3 (ヤングキングコミックス)