その30 中小の組織人が読むと元気になれる本。

 つて営業マンとして東北を担当していた時には、山形にもたびたび足を運んだ。人々の気質は陽気とはいえないものの馴染んでしまえば素朴さと独特のこだわりを持つ方が多くて面白いし、風景は雪の季節もそうでない時も美しい稜線に囲まれスイスに来たようだし、食べ物だって牛に蕎麦にサクランボにと恵まれている。そんな訳で山形に住む人がとても羨ましいのだけど、プロのオーケストラがあるなんて知らなかったし、「山形交響楽団(山響)」が37年前から活動していると聞いても、正直言って頭の中は「?」だらけだった。

 なにしろオーケストラである。クラシックなんて上流階級のたしなみで高尚なもの。これが東北の中心地である仙台とか、文学や映画の盛んな盛岡なら話はわかるが、失礼ながら「すてきな田舎」の山形に必要なの? 僕の偏見というわけではなくて、当の楽団員たちですら「山形コンプレックス」ゆえに、楽団の名称から「山形」を外すことさえ真剣に考えていたというのだ。


 そんな山響が財政面、人材面で危機に陥った時に迎え入れられたのが若き指揮者・飯森規親である。彼が改革を成し遂げ、観客動員数180%増を達成するまでを追ったのがこの本だ。

「マエストロ、それはムリですよ・・・」 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~

「マエストロ、それはムリですよ・・・」 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~

 帯には「キセキ」と書かれているが、彼の手がけたことは、ごく当たり前のことばかりなのである。

(1)演奏はお客様のためにある。音楽家はサービス業である。
 従来は楽団の都合で平日に行われていたコンサートを週末に切り替える。またホールも収容人員や予算の関係で決めていたのを、音楽に特化したホールを活用する、など。
(2)小さい楽団は小さいなりの良さを活かす。
 従来は編成が小さいため弦楽器は大きな音を要求されていたが、「響きを作って自分たちの音を出せばいいんだ」とやり方を改めた。また知名度の高い壮大な曲をやろうとした結果、余所からのゲストばかりになっていたのを、小さい楽団がその魅力を生かせるような選曲に替えた。
(3)音楽家潜在的な魅力を引き出す。
 誇り高いくせに自信を失っているプレイヤーたちと話し合い、ベテランの演奏家には後輩をサポートさせ、新人にも活躍の場を与え、チームを活性化させていく。

 繰り返すが、ごく当たり前のことばかりなのだ。ただ業界(この場合は音楽界)にどっぷり漬かっていると見失うことばかりだが…。人ごとではない。たとえば出版業界も出口のみえない不況に突入し、資本力とブランドのある大手が強くなるばかりで、僕のいるような中小版元はどうしようもない状況に追い込まれている。だが(1)予算や編集部の都合ではなくお客様のために本を作っているか(2)大手に張り合って同じ分野の商品を出すばかりで、小さいからこそできる出版物を作っているか(3)目の前の仕事にこき使うばかりで、社員を育てたりその魅力を引き出せているか、と問われたとき、自信を持って答えることができるだろうか?


 飯森氏は山形がヨーロッパの中規模な都市に似ているという。内陸性気候の山形は、寒暖の差が激しく湿度が低い。

「湿度が低いから、弦楽器がよく鳴るんじゃないかな」

 そして山形の良さを活かして「食と温泉の国のオーケストラ」を目指すそうだ。

 東京は世界でも有数の便利な街だが、たとえばクラシックを聴こうと思っても、楽団が多すぎてどれを聴けばいいのかわからないし、チケットは値段が高かったり予約が面倒だし、郊外に住んでいればホールへ行くのも帰るのも大変だ。それに比べれば、身近なところで、すぐ聴きに行ける、自分たちのオケを持つ山形の人たちがなんと羨ましいことだろう。


 これは音楽の本と思われている節があるけど、むしろビジネス書として、中小の組織をなんとかしようと頑張る人に読んでほしい一冊だ。必ず元気になれるはず!(藪)