その133 フランスのちびまる子ちゃん。

 校生のころの愛読書はさくらももこの『ちびまる子ちゃん』だった。妹の本棚から抜き出して読むのがとても好きだった。社会人になって出張先の静岡を訪ねたとき、清水の商店街で、まる子の好物「甘なっとう」を買った。それを手に提げて、大部分のシャッターが閉まった清水の商店街を歩きながら、なんともいえない物哀しさを覚えた。それは、ちびまる子ちゃんの住む町はあの漫画のなかにしかないという当たり前の事実を実感した瞬間だった。

ちびまる子ちゃん 1 (りぼんマスコットコミックス)

ちびまる子ちゃん 1 (りぼんマスコットコミックス)

 さくらさんが、昔のことを書いているからではない。あの漫画には、さくらさんが小学校のころ人気があった百恵ちゃんだったり、城みちるだったりが出てくるが、リリアンやミルクせんべいといった今はあまり売っていないモノが登場するが、そのひとつひとつをいくら集めて目の前に置いたところで、ちびまる子ちゃんの世界は生まれないということを、商店街を歩いてみて実感したのだった。

 おなじような気持ちで、今愛読している漫画がある。かわかみじゅんこの『日曜日はマルシェでボンボン』という作品だ。かわかみさんは旅先で出会ったフランス人男性と結婚し、フランスに住み『パリパリ伝説』というパリ暮らしを描いたエッセイ漫画も書いている。

日曜日はマルシェでボンボン 1 (愛蔵版コミックス)

日曜日はマルシェでボンボン 1 (愛蔵版コミックス)

 そんなかわかみさんがフランスの女の子の日常生活と、その周りで起きる小さな事件を描いた漫画が『日曜日はマルシェでボンボン』である。主人公ジュリエッタは、ぽちゃ系の八歳。いつも目が横線だけで描かれている。おいしいものと、恋の話が好物。お母さんは売れっ子小説家。お父さんはおしゃれな銀行員。パリからは少し離れたブルターニュ地方に暮らしている。いつも半ズボンできまじめな男友達のマルタン、お金持ちで高飛車で、ブロンド美人だが両親が離婚していることを気に病んでいるミラ。クラスのみんなを馬鹿にしているくせに寂しがりやのイケメン、レミなど、クラスメイトもとてもキャラがはっきりしていて面白い。
 この漫画、著者の人々を観察する視線が、とても繊細かつユーモラスなところがちびまる子ちゃんに似ている。それはきっとどこにもないフランスの町なのだろうと思う。フランスのいいところ。人間の欲望に甘い国、フランス。リスクをしょって愛に生きる国、フランス。現実にあるディテールがなければきっと生まれなかった世界なのに、一度漫画としてひとつ世界が完成すると、それと同じものはこの世のどこにもないという不思議。誰かの頭の中で再構成された異国の町というのはとても魅力的だ。
 私が好きな場面が一巻にある。クリスマスの季節、サンタクロースは本当はいないということをジュリエッタに知らせまいと気を遣う大人たちが、ふとしたはずみからプレゼントを買いに行ったことをジュリエッタの前でばらしてしまう。それに傷ついたジュリエッタは家を飛び出す。追いかけてきたいとこに「大人ってダメだね」と慰められたとき、彼女はこう言うのだ。「そうじゃないよ 信じなきゃ なくなっちゃうよ 何でも そうだよ」と。そして夜空を見つめるジュリエッタがほんとうにかわいい。この漫画の魅力が凝縮されているページだと思った。目の前にあるものがつまらないと感じがちな人に、キラキラした視線を守ろうとする努力の大切さを教えてくれる作品です。(波)